
深沢地域の歴史資源である「泣塔」。この塔は約670年間、大切に守られてきた貴重な文化財です。現在、泣塔を次世代に引き継ぐため、泣塔が立つ丘陵の保全工事(防災工事・修景工事)を進めており、本記事では、泣塔の歴史や地域に伝わる物語、今後の工事予定についてお伝えいたします。
1 泣塔とは
泣塔は、文和5年(1356年)の銘のある「宝篋印塔(ほうきょういんとう)」と呼ばれる形式の塔です。鎌倉市の文化財指定の名称は「石造宝篋印塔(文和五年銘)」といい、地域の方々を中心に「泣塔」という呼び名で親しまれています。
宝篋印塔は、仏塔を建てて礼拝し、供養することで、功徳が得られると信じられており、鎌倉時代から江戸時代にかけて日本各地に造立されました。
泣塔は南北朝時代に造られる宝篋印塔の典型的な形を備えており、塔には造られた年も含めた銘文が明確に残っていることから、当該期の基準資料として非常に貴重なものです。
■泣塔の基本情報
高さ | 約203㎝ |
|---|---|
造立年 | 文和5年(1356年) |
材質 | 安山岩 |
指定 | 鎌倉市指定有形文化財 |
指定年月日 | 1971年(昭和46年)9月11日 |

2 泣塔の名前の由来
「泣塔」という名前は、地域に語り継がれている伝承に由来があります。
伝承では、この塔を青蓮寺(鎌倉市手広5-1-8)に移したところ、夜な夜なすすり泣く声が聞こえたため、今ある場所に戻したとされ、それ以来「泣塔」と呼ばれるようになったと言われています。この名称に関わる物語とともに、泣塔は地域に親しまれてきました。
3 泣塔を守るための工事とスケジュール
現在、泣塔背面のやぐらと周辺の丘陵には多くの亀裂が生じ、放置すると崩落する危険がある状況になっています。このため、周辺の丘陵を保全し、泣塔を将来的に安全に公開していけるよう、段階的に工事を進めていきます。
4 市民の皆様へのお願い
工事完了までは、安全を確保できないため、区域への立ち入りはできません。
ご理解とご協力をお願いいたします。
5 詳細情報・関連ページ
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